三粧について

~ 三粧の歴史は、明治女性の奮起からはじまりました。~

三粧について– ABOUT – PAGE1PAGE2PAGE3

三粧の歴史は
「おすそわけ」からはじまり、
人から人へ、肌から肌へと広がってきました。

何を試しても消えないシミ。医師にも「できたら治らない」と言われて。

明治43年(1910年)、27代続く医家に東山文子(本名 塚田文子)という一人の女性が誕生しました。第二次世界大戦とそれに続く戦後の食料事情の悪さなどから、多くの女性が肌荒れやシミといったお肌の悩みを抱 えている中、東山もまた自分自身の顔にできてしまったシミに悩んでいました。このシミをなんとかできないかと、自らの手で化粧品の開発をはじめました。

くり返し改良を重ね、造り上げる試作品。これをただ捨てるのはもったいないと、東山は玄関先に「ご自由にお持ちください」と書いて置いておくようにしまし た。すると、それを持ち帰って使った近所の方々から、「肌がとてもきれいになった。また欲しい」「どこかで買えるようにしてほしい」とたくさんの要望が寄 せられるようになりました。また「特許を取ったほうが良い」との勧めも。東山は多くの女性が求めてくださるならと、自身が開発した化粧品を販売することを 決意。これが株式会社三粧誕生の瞬間でした。

また当時、東山はお肌の悩みを抱える方々に、無償でお肌によい食事を作って提供したり、自ら開発した化粧品をつけて差し上げるといった様々なこと も・・・。それはすべて、お肌の悩みから一人でも多くの女性が解放され、美しさを取り戻してほしいとの願いから。その熱い想いは、今なお脈々と息づき、東 山に出会い、三粧の化粧品を使いはじめたという多くのお客様が、現在も三粧を愛し、支えてくださっています。

肌は生きている。自然な新陳代謝を促せばきっと。

シミを消したい一心で研究をはじめた東山は、一般の化粧品には基材にパラフィンや鉱物油が使われているために毛穴がふさがれ、肌の自然な生理活動が妨げられていることに着目。
このために化粧をしながら肌の老化を早めてしまうのではないかと考えはじめました。
そして「自然な肌の生理活動を妨げなければ顔も、胸や腕と同じようにいつまでも素肌の美しさが保てるはず」という発想に辿り着きました。

世界に先駆けて、乳化オリーブと水酸化マグネシウムを化粧品に。

東山文子の功績は、新聞でもたびたび
取り上げられた。

「自然な肌の生理活動を妨げない化粧品をつくるには、化粧品の土台となる基材から改めなければいけない。」そう考えて研究し、探しぬいた東山が、最も理想的な基材と確信を持ったのがオリーブオイルを乳化させた乳化オリーブ。
これを基材にすることに、世界に先駆けて成功したのも東山でした。次に挑戦したのが、肌の自然な働きを盛んにする成分の模索。ちょうどその頃に、西式健康 法を提唱する西先生に出会った東山は、西先生の「水酸化マグネシウムは一般に下剤と思われているが、単なる下剤ではなく、腸壁の掃除をして働きをよくする ことが出来る。腸壁と顔の皮膚はよく似ているのでこれを化粧品にすると素晴らしいのだが、どうしても乳化が出来ない。」という話を聞き、これを有効成分に 使いたいと決意します。そして、誰もが難しいとするなか、ついに水酸化マグネシウムの乳化に成功。さらに日焼けを防ぐ働きのある酸化チタンも加えた化粧品 を完成させました。
東山はこう語っています。「強い薬品を使わず、自然な生理活動を促して肌の健康を取り戻せば肌の悩みが無理なく除かれるという理論を基に発明しました。肌 の健康と化粧の両立をはかり、これまで望めなかった効果を上げるのを目的としています。肌は生涯新しく変わるものでございますから」と。

約70年の歳月を経て
株式会社 三粧の商品は医薬品から化粧品へ。

昭和35年(1960年)に薬事法が制定されるまでは医薬品として、多くの女性に愛されてきた株式会社 三粧。創業者・東山文子の「肌の自然な働きで健やかな美しさを」という熱い想いは今も脈々と受け継がれています。

株式会社 三粧の歩み

1945年 薬用化粧品の研究に着手
1951年 コロイド状水酸化マグネシウムの乳化に成功。このころより試作品をご近所へおすそわけするようになる。
商品を希望者に販売
1952年 「薬用メーキャップ」の開発、製造、販売
1953年 乳液の製法特許登録認可 第199232号
後に「株式会社 三 粧」となる「株式会社プロメエマルジョン研究所」(代表者 東山文子)設立。
日本婦人発明家協会創立。発起人(東山文子)となる。
化粧水「レモンローション」製造・販売
1955年 石鹸を含まない洗顔料「プロメ 粉末フレッシュ」製造・販売
1956年 この頃より、新宿伊勢丹・西武百貨店・京王百貨店で販売。
それぞれで「お顔の病院」と題し東山文子自ら出張指導始まる。
1957年 「株式会社 三 粧」設立
1960年 「プロメ医粧」の商標登録を得る
薬事法が制定
1961年 「薬用メーキャップ」を「医粧メーキャップ」に名称を変え、製造・販売
1976年 三粧社長 東山文子 都知事賞受賞
「プロメ歯磨」開発、製造、販売
1977年 第10回 婦人発明家協会 なるほど展にて「プロメ 歯磨」が特賞
1978年 三粧社長 東山文子 藍綬褒章受章
1980年 「プロメ 髪フレッシュ」を製造・販売
1984年 三粧社長 東山文子 勲五等瑞宝章受賞
日本婦人発明家協会会長就任
1987年 三粧社長 東山文子 逝去
1988年 優良納税者として新宿税務署より表敬を受ける
1991年 日焼け止め「プロメ サンゴールド」製造・販売
1999年 優良申告法人として新宿税務署より表敬を受ける
2015年 赤ちゃんとママのための新ブランド<パデュウ>発売

賞状
1978年(昭和53年)受賞
賞状
1984年(昭和59年)受賞

賞状
1978年(昭和53年)受賞

賞状
1984年(昭和59年)受賞

ページの上部へ戻る